今からちょうど30年前の1996年。創業から約7年を迎えた当時の橋梁技建に、会社の未来を大きく変える「最大の転換期」がありました。
それが、名古屋駅近くのオフィスビルから、現在の北名古屋市への「新社屋移転」と、「鉄製品の内製化(自社工事部の立ち上げ)」という決断です。
アクセス抜群の都会のビルを離れ、なぜあのタイミングで大きな一歩を踏み出したのか。社長へのインタビューをもとに、現在の私たちの代名詞でもある「現場力」の原点に迫ります。
💡本当の強みはオフィスではなく「現場」にある
当時、私たちが拠点を置いていた名古屋駅近くのオフィスは、本当に「事務作業をするためだけ」の空間でした。しかし、会社が成長するにつれて、ある強い想いが確信へと変わっていったと社長は言います。
「橋梁技建の本当の強みは、オフィスワークではなく、現場での対応力にこそあるべきだ」
お客様の期待に応え、どこよりもスピーディーで質の高い施工を提供する。そのためには、外部に頼るだけでなく、自分たちで「工事部」を立ち上げ、工事に必要な道具、工具、そして車両をすべて自社で保有・管理する体制(内製化)を作らなければならないと考えたのです。
「もう一歩踏み出そう」北名古屋市への移転を決断した理由
自社で責任を持って現場を動かす環境を整えるためには、どうしてもクリアしなければならない物理的な課題がありました。それが、多くの工具や資材を保管する「倉庫」と、車両を停めるための「駐車場」の確保です。当然、都会のオフィスビルの中では実現不可能なことでした。
当時の決断について、社長はこう振り返ります。
「名古屋市内は本当に事務所だけだった。でも、我々が強みにしていかなければならないのは『現場での対応』。そのために、工事をするための工事部を作り、道具や車、工具といった様々なものを自分たちで持とうと決めたんだ。だからこそ、倉庫や駐車場がしっかりと確保できる北名古屋市への移転を決断した。創業から約7年、会社として『もう一歩踏み出そう』という不退転の想いだったね」
現状維持にとどまることなく、未来を見据えて大きな投資に踏み切る。それこそが、インフラメンテナンス業界を支えるプロフェッショナルとしての、お客様に対する誠実な姿勢の始まりでした。
30年経った今も変わらぬ「現場第一主義」
創業7年目の節目に、理想の施工体制へシフトした橋梁技建。この移転ストーリーには、今も脈々と受け継がれる「2つのこだわり」が詰まっています。
・施工から管理まで自社で完結する「工事部」のプライド
・圧倒的な機動力を生む「道具・車両」の自社所有
あの時の決断があったからこそ、30年経った今も、私たちは「現場に強い会社」として全国のインフラを支え続け、多くのお客様から信頼をいただいています。
橋梁技建は、これからもこの揺るぎない土台とチームワークを武器に、安心・安全な社会づくりに貢献してまいります。